石垣島の史跡案内 東海岸の津波石群・津波大石

石垣島の史跡案内 東海岸の津波石群・津波大石

Fuyuです。石垣島の海岸は、場所によって大きな岩がばらばらと散らばっているのが不思議に思っていました。これらは昔の津波によって海底から押し上げられてきた岩だったんですね。津波の力ってとてつもないですね。

沖縄県の石垣島の東海岸には津波石が点在しています。2013年に「石垣島東海岸の津波石群」が、天然記念物(地質・鉱物)に指定されました。津波石群5つのうちの一つは約2000年前の先島津波により打ち上げられたもの。あとの4つは1771年、琉球海溝内の断層の活動で発生した明和の大津波によって打ち上げられたものです。1771年の津波は「八重山の明和大津波」と名付けられています。この津波の際の地震は震度4程度と想像され、地震による被害はあまりありませんでした。しかし、地震の後に高さ25m、島南東部では高さ30mまで及ぶ津波に襲われます。この津波により、八重山の島々には激烈な被害をもたらしました。

津波石は、石垣島のほかに宮古島の東平安名崎周辺や下地島に多数残されています。しかし、竹富島、波照間島、西表島では津波の被害は受けませんでした。

復興

琉球王府は他地域からの入植により被害地域の復興を図りました。最も被害の大きかった白保村には波照間島から418人が、隣の宮良村には小浜島から320人が入植しました。今もこれらの地域では、他の島民とは異なる言葉が残されています。

津波大石(ツナミウフイシ)

「津波大石(ツナミウフイシ)」は石垣島南東部、オヤケアカハチの像で知られる大浜の崎原公園にあります。

この岩は1771年の明和大津波によるものでなく、西暦元年前後の先島津波によるものとされています。

ただし、明和大津波の際には現在の場所で回転したといわれています。推定重量1,000tの巨大なサンゴ石灰岩の岩塊です。

<津波大石表面のアンモナイトの化石>

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高こるせ石

津波大石の近く、石垣島大浜の畑地にあります。津波大石と同じく約2000年前の先島津波でオヤケアカハチの像そばの黒石御嶽(コルセオン)に打ち上げられ、明和の大津波で北にさらに約600m移動したということです。大中小の3つの石に分かれていて、合計で700tになります。

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あまたりや潮荒(アマタリアスウアレ)

石垣島中部の伊野田の海岸から約200m離れた畑にあります。重量は約300t。

もともと「あまたりあ」という浜の沖合約300mにあったものが、津波によって打ち上げられたそうです。サトウキビ畑の中にありますので、見学する際には農作物に被害を与えないよう、十分にご配慮ください。

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安良大かね(ヤスラウフカネ)

石垣島北部の平久保半島の安良の浜辺にあります。この岩はサンゴ石灰岩ではなく、鉄分を多く含む流紋岩です。見かけは全体に鉄さびに覆われた様子で、たたくと鐘のような金属音がするということです。津波の際に約50m北に動いたという記録があります。なお、この石は平久保の牧場内にありますが、牧場内の道はあまり整備はされていません。車高の高い車か二輪車の利用をお勧めします。

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バリ石

石垣島北部の平久保半島の伊原間の東岸、トムル崎とヤバガ崎間のヤバガ浜にあります。推定重量220tのハマサンゴで、中心で2つに割れています。バリ石とは割れた石という意味です。世界最大のハマサンゴの津波石です。「安良大かね」と同様、牧場内にありますが、牧場内の道はあまり整備はされていません。車高の高い車か二輪車の利用をお勧めします。

地図

ここに掲載したものはすべて天然記念物(地質・鉱物)「石垣島東海岸の津波石群」に指定されたもので、指定から漏れた津波石は島内あちこちに見つかります。過去の巨大津波の痕跡が、このように目に見える形で残されています。この機会にぜひ、ご自身の防災に思いを馳せていただければ幸せです。

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